名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)125号 判決
原判決を閲するに、原審は、「被告人は、第一、昭和二十五年四月頃広地正次と同道の上、金沢市新堅町三丁目五十九番地加藤忠男方に到り、同人に対し、同人が当時右広地正次の依頼を受けて同人の家屋買受手付として家屋所有者柚木等に交付した三万円に因縁をつけ「儂は竹田組の中村と言う者だが、広地から預つた手付三万円を支払え、儂には乾分の二、三十人も居る」等との旨申向け、同人をして若し右要求に応じないときには、被告人より如何なる危害を加えられるかも知れない旨畏怖せしめ、因て其の頃同市鱗町十二番地の二なる当時の自宅に於て、右加藤より現金壱万五千円を交付させてこれを喝取し、第二、同年八月頃前記自宅に於て呉服小売商中島健三に対し「儂は竹田組の中村という者だが佐藤与三郎に対する林檎代金の取立を依頼されているから儂に毎月五千円宛支払いせよ、支払わないなら、儂の乾分を居坐らせる」旨の言辞を用い、更に洋服タンス内から軍刀を取出し「ぐずぐず言うとたゝき斬つてやる」と怒号し、若し右要求に応じないときは同人に対し危害を加えかねまじき気勢を示し、同人をして其の旨畏怖せしめ、因て其の頃前後三回に亘り、被告人の指示に従い同市枝町九十七番地伊藤俊雄方に於て同人を通じ、右中島より林檎代金名下に日の丸国旗五十枚(価額五千円相当)着物三枚(価額金四千五百円相当)及び現金千円を交付させてこれを喝取し、第三、同年十月頃同市中本多町短町二番地園木正雄方に於て同人妻はな子に対し「儂は鱗町の中村と言うごろつきや、実は此処の主人は山本に借金を返さんらしい、一体この金を返さんとどういうことになるか分つているか、ともかく儂は竹田組の者やが儂にも乾分が二三十人居る、払わんとひどい目に会うぞ」との旨申し向け若し園木正雄が山本千松に対する六千六、七百円の債務を支払わないときは、同人に対し危害を加えかねまじき気勢を示し、右園木正雄をして其の旨畏怖せしめ、因て其の頃より昭和二十六年三、四月頃迄の間、前後四、五回にわたり、右園木方に於て被告人の依頼を受けて代金取立に来た佐伯静男に合計約六千六、七百円を交付させてこれを喝取し、第四、同月頃石川県江沼郡片山津町字片山津温泉三谷旅館に於て、館主山本順一に対し、以前同旅館に発生した朝鮮人暴行事件が同温泉泉宝閣主米山宜流等の仲裁により和解となつた際の飲食費用の問題が未解決なりとして因縁をつけ「儂は竹田組の中村という者だ。お前さんは以前の朝鮮人の事件で米山宜流に厄介になつているだろう何とかせなけりやいかんぞ。十万位だしたらどうや」或は「儂は名古屋で朝鮮人一人殺した。又卯辰の処でも一人殺したことがある」等の言辞を用い、同人をして若し右要求に応じないときは、被告人より如何なる危害を加えられるかも知れない旨畏怖せしめ、因て其の頃前記泉宝閣に於て、右山本より寺西信吉を介し小切手にて金三万円を前記米山宜流に交付させ、以て同人をして財産上不法の利益を得せしめたものである。」旨の事実を認定し、なお、これに附加して、被告人、弁護人等の弁解主張に対する判断第一点として、「各弁護人は被告人の各判示財物の取得行為は孰れも権利行使であり恐喝罪は成立しない旨主張するので案ずるに仮に行使し得べき権利があつたとしても、前掲各関係証拠に徴すれば、被告人の各判示恐喝手段の施用は一般社会通念に照らし権利行使の範囲を逸脱せるものと認むべく即ち権利の濫用にして権利の行使ということが出来ない」旨説示しているものであることを認め得る。しかしながら、およそ恐喝罪の成立を見んがためには、他人を脅迫して畏怖の念を生ぜしめ、因て財物の交付をなさしめ、これを不法に領得することを必要とすると解すべく、いやしくも、財物を受くべき権利若くは権限ある者が其の権利実行の手段として、或は他人を脅迫し、其の畏怖心に基いて権利内容の実現を得たとするも、斯る手段の違法をもつて行為全体の合法性否定に迄拡張し権利実現の結果迄を含めて悉くこれを犯罪視すべきではないと考える。蓋し、財物奪取罪の成立について不法領得の意思あることを要するとの見解に従う限り手段の瑕疵について別罪の成立を見るは格別、奪取行為それ自体が権利の内容を実現するものであるに於ては、奪取罪の成立に必要な不法領得の意思を欠如するものとして、該行為について恐喝罪その他所謂財物奪取罪を成立せしめるにその由がないからである。ところで、原判決を検討するに、原審は判示第一乃至第四として敍上の如く判示するに止まり、これ等の事実につき、被告人に果して敍上の如き財物の交付を受くべき権利又は権限があつたか否かを判定するに足るべき事実を示していないから、原審の判示するところによつては、被告人の所為は果して恐喝罪を構成するや否やを決することが出来ず、従つて原判決はその理由が備わらないものであると言わざるを得ないから、論旨は理由があり原判決は破棄を免れないものである。